寒い季節のふぐは本当においしいものである。もちろん値段もすごいのだが、高いお金を出すだけの価値がふぐにはあると思う。刺身でもおいしいし、から揚げ、鍋物、なんにしてもとてもおいしいし、お酒にもあうので冬場には自分は毎年一回はふぐを食べに行く。調理の面から家でたべることはまったくないので、いつも家族でふぐを食べることのできるおすし屋さんなどのお店にいって、お酒と一緒にふぐを楽しんで食べているのである。
自分は鍋物よりお刺身とから揚げが大好きである。ふぐのコース料理にすると必ずついてくるものだが、本当においしい。コース料理程度の少量ではまったくたりないので自分はコースとは別に追加で刺身とから揚げを頼んで楽しんでいる。食べるときは値段を一切きにしないようにしている。どうせ高額なのはわかっているので全く気にしないようにして、ふぐを食べる日は予算は無限で楽しむというのが我が家でのふぐ料理の楽しみ方である。
毎回予算は無限という設定でふぐを食べに行くので年に一回か二回しか行くことはできないが、仕事の関係で家族とは別で、自分だけあと何回かはふぐを食べている。仕事関係のときは気を使うためにあまり量を食べないのだが、普段家族で行くよりも高級なお店に行くために、一口一口を大切に味わって食べるようにしている。あまりに高級なので家族でそのお店にいくようなことはおそらくずっとないとは思うが、思わぬ副収入などがあった場合には一度は行って見たいものである。
ふぐのてっさは、私にとってとても高級な料理の一つである。ふぐ料理は高級料理の一つであるのだが、私の中では特別である。ふぐのコース料理はてっさがつきものである。ただ、お酒を飲みながら、みんなでわいわいいいながら美味しいてっさを食べることは楽しい事なのだが、遠慮してしまって思い切り食べることができないのである。正直に言えば、一人で大皿に綺麗に並べられたてっさを思う存分食べてみたいなといつも思っているのだ。
ふぐチリを47歳まで食べた事が無かった。ふぐは高価なもので私のような普通の人間にはふぐのお刺身なんて食べる機会なんてないだろうと思っていたからね。働いていた職場の忘年会で(職場と言っても少人数の音楽教室だったのですが)で初めてみてびっくりしました。一枚とって食べてみたのですが、薄すぎて味が分からず怪訝な顔をしていると、私より若いピアノを教えている先生が、食べ方を教えてくれた。
ふぐのお刺身は薄くきってあるからお箸でまとめて6、7枚とってお醤油を少しつけて食べるのだと。
ふぐというのは日本では古来より食べられていた魚です。魚というのは古来の呼び方ではマナといいます。漢字で書くと真魚あるいは真菜となります。菜という言葉は食材のことです。現在でも植物の種類のうち、食用に供するものを野菜とあらわしているのでもおわかりのことだと思います。マナという言葉は数々の食材のうち、最も重要な食物であるという意味で真菜と呼びます。
魚というのは日本人にとっては、それほど重要な食材であったというわけです。
ふぐと言って私が思い浮かべるのは「暮れが近い」ことである。ふぐを使った料理にはいろいろあるが、一番大好きなのはふぐ鍋だ。寒さが厳しくなる中の夜の鍋は最高であるが、やっぱりふぐ鍋とふぐ刺しで一杯といきたいなと思う。「ふぐちり」とは魚の切り身を指す「ちり」をつけて「ふぐちり」と呼ばれる。大阪では「てっちり」とも呼ばれているが、関西ではふぐのことを「テッポウ」と言うそうだが、これは「当たると死ぬ」ということから来ている。関西人の面白い発想だなと感心している。
だからふぐの旬は冬である。鍋料理にも合うし、日本海にふぐが産卵のために近づく時期だからだそうだ。
ふぐ料理は高級料理としてしられています。山口県や北九州では「ふく料理」、大阪などでは「テッポウ料理」「テツ料理」などとも呼ばれます。ふく料理の「ふく」は、福に通じる縁起を担いでのなです。「テッポウ料理」のテッポウは鉄砲で、昔ふぐを食べることが禁止されているころに、テッポウの隠語で流通されていたそうです。鉄砲は「めったに当たらないから」という説や「あたると命がない」という説があります。「テツ料理」にテツも鉄砲の鉄からです。